医師になって比較的早く出産と育児を経験された金本素子先生。現在は静岡県中部の基幹病院、藤枝市立総合病院(564床,標榜35科)のリウマチ科で医長として勤務されています。
 なんと約20年間ずっと同院で勤務されているとの事。出産や子育て経験を含めてお話を伺いました。

部活やバイトに明け暮れた学生時代

 県内のカトリック系私立高校に通われていた頃、自分の将来を見据えたとき人の役に立つ仕事に就きたくて医師になったという。医学生時代は、水泳部に所属しながら家庭教師や某大手ハンバーガー店でのアルバイトに明け暮れていたと気さくにお話して下さいました。

進路の決定

 医学部を卒業する頃には、全身を診られる内科系に進みたいと思い、その後は免疫系の疾患に興味があったので浜松医科大学の第三内科に入局したとの事。先生の研修医時代について聞いた。
 今の医学生の皆さんはスーパーローテートで外科、内科をはじめ多くの科を回ると思いますが、私も第三内科のコーディネートで、大学病院や聖隷浜松病院で内科系を中心に幾つか回らせていただきました。専門科目は未決定だったのです。
 転機が訪れたのは、卒後3年目。当時、勤務していた聖隷浜松病院で第三内科の大先輩の先生が『これからリウマチの画期的な治療が出てくるよ。先生たちの時代だ』と声を掛けてくださいまして、免疫・リウマチ内科に明るい未来を感じたのです。
 1999年に日本で初めて承認された抗リウマチ薬のメトトレキサート(Methotrexate : MTX)の出現ですね。その後、2003年に生物製剤が承認され、まさに患者さんにも私たちにも明るい未来が見えたわけです。

出産・育児

 私は卒後3年目の1999年に長女を、6年目の2002年に次女を出産しているんですね。
 比較的、早めの出産だったと思います。なにより感謝しているのは、所属していた第三内科が直ぐにバックアップしてくれた事です。この点は今でも恩を感じています。
 出産とはいえ、やはり勤務シフトが変更になり職場の皆さんに迷惑を・・・と考えましたし、受け持ちの患者さんも信頼できる医師でないと不安でした。
 そんな時に大学がすばやく対応してくれました。本当に心強かったです。
 次女の出産後、育児休暇を終えて復職してからはずっとこの病院で勤務しています。
 実は、最近も当科の先生が出産されました。勤務の事、患者さんの事、そして同じ女性でしか解らない事もあります。過去にそうしてもらった様に、今度は私が惜しみなく彼女をバックアップしていこうと思っています。

藤枝市立総合病院

 私は卒後4年目からずっとこの病院のリウマチ科で勤務していますので少しご紹介いたします。
 藤枝市は静岡県の中部にある総合病院です。そしてリウマチ科は、科長の唐橋太郎先生を筆頭に4名で診療にあたっています。なんと4名のうち3名が女性です。唐橋先生は私達をあたたかくもしっかり見守ってくださるので、とても良い雰囲気で働けています。大変だと思いますけれど。(笑)
 また、県中部には多くの総合病院がありますが、リウマチ科を標榜している病院は殆どありません。
 このため、近隣の焼津市や島田市の他、静岡市からも患者さんがお越しになります。希少な症例にも恵まれています。若い医師ならずとも経験が積めますし、わからない事など相談事があれば大学に相談する事もできます。
 あと付け加えたい点は、呼吸器科との連携が密なことです。週1回、合同カンファランスを行っています。リウマチにしても膠原病にしても合併症としての肺疾患が出ることも珍しくありませんので、しっかりとした連携体制が構築されています。当院には浜松医科大学以外にも幾つかの大学から先生方が来られていますが壁をまったく感じないのも魅力です。

医学生・初期研修医の先生方へ

 ベンチからベットサイドへという言葉があります。基礎研究と臨床を表す言葉ですが、リウマチ科は基礎研究と臨床の距離が非常に近い科です。最近では臨床(ベッドサイド)から基礎研究(ベンチ)にというサイクルも出来ています。そして、リウマチ科は慢性疾患が多く、患者さんと病気に腰を据えて向き合っていく医療を実践したい人には本当に向いています。是非、興味を持ってみてください。ご質問やご相談があればご一報ください。

あとがき

 お休みの日にはお二人の娘さんの部活に同行したり、買い物に出かけたりしている金本先生。ジョギングが趣味で東京フルマラソンにも出場されたお話も聞かせていただきました。
 お仕事の面では、初期臨床研修の自由選択で4ヶ月や6ヶ月もリウマチ科を希望してくれる研修医が増えた事が嬉しいと笑顔でお話くださいました。 凛とした雰囲気にも、気さくにお話をしてくれた金本先生。先生へのご相談は、最初はホームページの問合せよりご連絡ください。